近年、政府は労働者の生活を支えるため、最低賃金を毎年増額しています。この動きは確かに低賃金労働者の収入改善を図り、社会的な公正さを促進する効果が大きいです。しかし同時に問題も浮き彫りになっています。それが「パート労働者の年収の壁」です。 

まず一つ目は、所得税等の配偶者控除の「103万円の壁」です。この制度は、配偶者の収入が年間103万円を超えると、所得税の負担が増えてしまうというものです。パート労働者が収入を増やしても、配偶者の所得による税金負担が増えるため、世帯で見ると手元に残る額が増えず、それを避けるためにパート労働者が労働時間の調整を行うというのが、いまだに日本の企業の年末の風物詩になっています。

二つ目は、社会保険料の負担義務が生じる「106万円の壁」と「130万円の壁」です。パート労働者の収入が年間106万円を超えると、健康保険や厚生年金の加入が義務付けられ、社会保険料の負担が発生します(20235月現在は従業員数101人以上の企業のみ。労働時間週20時間以上等の要件もあり)。

130万円の壁」は、収入が年間130万円を超えると、配偶者の健康保険の扶養から外れてしまうというものです。たとえ企業規模等の条件で106万円の壁による健康保険の加入を免れても、配偶者の健康保険の扶養から外れてしまうなら、結局自身で国保等に加入しなければならず負担が増大します。 

こうした壁が存在することで、パート労働者は最低賃金の上昇分を受け取るためには、労働時間を減少させなければならず、結果として「収入はさほど変わらず労働時間だけが減る」というジレンマに直面しているのです。

 これは、人手不足にあえぐ現在の企業にとっては厳しい状況です。新規の雇用確保に苦労する中、既存の社員の労働時間だけがただただ減っていくのですから…。 

この問題に対して、国は配偶者控除の見直しや社会保険の見直しなどの議論を行っているようですが、正直非常に遅いです。このままでは、ただ最低賃金が毎年大幅に上がるだけで、企業は労働力を更に減らさざるを得ない深刻な状況に直面しています。はっきり言って何年も前から同じ議論が続いています。 

最低賃金の引き上げは、社会的な公正を追求する上で重要な施策だとは思いますが、パート労働者の収入改善や労働環境の改善にはより複合的なアプローチが必要です。最低賃金の上昇だけやるのではなく、年収の壁の撤廃も同時に進め、年収の壁を撤廃しないなら最低賃金の上昇を止めるくらいでないと、企業も労働者もこの先の展望を見通せないと思います。