普段、私は企業の従業員向けにハラスメント研修の講師をすることがあるのですが、参加者の方に投げかける質問があります。

「パワハラと言えば、どんな状況を思い浮かべますか?」

すると、ほぼ100%の方が「上司が部下を怒鳴りつける」「無理な仕事を押し付ける」といった、上司→部下の構図を答えます。

「部下から上司へのパワハラ(逆パワハラ)は、どんな状況が考えられますか?」と聞くと、誰も答えられないことも珍しくありません。

しかし、先日驚きのニュースが出ていました。

 

フジテレビで起きた「部下から上司へのパワハラ」

報道によると、フジテレビの経営企画局という中枢部署で、ベテランの局次長(ナンバー2)が、20歳以上年下の部下からのパワハラを理由に退職していたというのです。

その内容は、グループチャット内で他のメンバーも見える中、「使えねえ上司」などと執拗に悪口を書き込まれるというもの。この精神的苦痛により、ベテラン社員はメンタル不調に陥り、会社を去ることになりました。

「職位が上の人間が、なぜ部下に?」と不思議に思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、法律(労働施策総合推進法)におけるパワハラの定義を紐解くと、これが決して特殊な例ではないことがわかります。

 

「優越的な立場」は役職だけではない

パワハラの成立要件の一つに「優越的な関係を背景とした言動」があります。 多くの方はこれを「職位(役職)の上下」だと思い込んでいますが、実はそれだけではありません。

私が研修でよくお話しするのは、今の仕事をする前、スーパーで働いていたときに見てきた事例です。

その頃のスーパーは、一つの売場が、1〜2名の若手社員の下に、10名ほどのベテランパートさんがいるという構成でした(今もそうなのかもしれませんが)。

職制上は社員が「上司」ですが、現場のルールや仕事の進め方は、長年勤めているパートさんたちの方が圧倒的に詳しい。

新しい社員が入ってきたときに、パートさんたちが結託して「気に入らない社員には仕事を教えない」「情報を共有しない」といった行動をとれば、その社員は業務が立ち行かなくなります。こんな売場を実際に見てきました。

この場合、知識や経験、集団による影響力を持つパートさん側が「優越的な立場」にあるとみなされ、パワハラが成立するのです。

今回のフジテレビのケースも、デジタルツール(グループチャット)という、ある種「若い世代が使い慣れた土俵」において、集団心理を利用した攻撃が行われたのであれば、それは立派なパワハラに該当します。

 

経営者が守るべきは「組織の秩序」そのもの

「部下からの突き上げくらい、上司なら跳ね返せ」 そんな精神論は、今の時代通用しません。むしろ、こうした「逆パワハラ」を放置することは、優秀なベテラン層の流出を招くだけでなく、組織全体の規律を崩壊させるリスクを孕んでいます。

経営者の皆様にぜひ知っておいていただきたいのは、以下の3点です。

  1. パワハラは「上から下」だけではない(知識、経験、人間関係の派閥、ITスキルなども「優越性」になり得る)
  2. グループチャット等のデジタル空間は、密室化・過激化しやすい
  3. 「被害者が上司だから」と対策を後回しにしない

「うちの会社は大丈夫だろうか?」と少しでも不安に感じられたら、まずは社内のコミュニケーションツールや、現場の「実質的なパワーバランス」に目を向けてみてください。

ハラスメント対策は、誰かを罰するためのものではなく、全従業員が安心して能力を発揮できる環境を作るためのものです。